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2007年06月14日

所感 FPSPアメリカ世界大会に参加して

国際交流と日本教育の課題

 今年始めて、日本代表としてFPSP世界大会に参加。この世界大会出場の目的は大きく2つあると思う。一つは他国との草の根交流。もうひとつはFPSPのリアル体験。

 一つめの国際交流は、文句なく達成されたと自負している。メインはmementoes exchangeと呼ばれる「記念品交換」イベント。日本チームは折り紙や竹とんぼ、富士山付きのポストカード等を持参。200人以上集まった各国のこどもたちの輪の中にいさんでHi!!と入っていく。英語が共通言語として使用されるが、英語が「話せる聞き取れる」ということよりむしろ「自分がどれだけ各国の人と交流したいか」という気持ちが、最も大切だということを、こどもたちが身を持って学んでいった。

 日本の英語教育、とりわけ幼児&小学生英語塾では、発音を最重要視したレッスンを行う所が大半である。きれいな発音ができるのにこしたことはないし、相手の言ったことを聞き取ることは大事なことだ。しかし「きれいな発音が出来ないと話すことができない。聞き取ることができない。」という異常なほどの思いこみをこどもや親に植え付け、英語(他言語)に対する苦手意識を一層かき立てるスクール、もしくは思いこんでしまう親、は英語が「コミュニケーションの手段」だということを忘れているのではなかろうか。

 今回大会に出場した小学生2人は英語を既に学んでおり、基礎知識はつけている。他2人は英語教育を全く受けてはいない。もちろん、基礎英語力がある2人はアドバンテージがあることは確かであるが、受けていない2人が、果たしてコミュニケーションができなかったかというと、答えはNoである。

 この2人、精力的に各国のこどもたちの間を駆け回り、相手から話しかけられた会話から必要なセンテンスを自分たちで選び取っていた。「I’m from Japan(日本から来ました).」。この一言を発することでどんどんとコミュニケーションを広げていったのである。要は、自分が何をしたいのか、何を伝えたいのか、それがその子の心にあるかないか、というである。

 二つめの、FPSP大会のリアル体験から得た物は、日本の教育との大きな違い、を感じさせるものだった。
 「FPSPとは、1973年アメリカ・ジョージア大のトーランス教授(創造性心理学)が、小中高生の創造力、問題解決力を鍛えるために提唱したトレーニング・プログラムです。」
(JFPSPホームページより抜粋)

 今回初参加の4人の小学生はブックレット競技に参加した。ブックレット競技とは、4人一組のチームが、与えられた未来シーン(未来の物語)を読み、何が問題かをピックアップ、FPSP手法にのっとって各ステップ(1〜6)を踏み、協力して問題解決の実行計画を考え出していくものである。問題を解いている2時間もの間、各チームは与えられた各小部屋に入り、大人との接触は一切なくなる。

 日本の小学生チームはステップの踏み方(FPSP手法)を習得しただけで、問題を「考える」訓練はほとんどしていない。学校での教育、家庭での教育がある程度あれば、できるかもしれない、という甘い推測から、準備期間は1ヶ月間(週1回)のみ。この甘い推測が、後にフィードバックされた評価表とこども達の回答を見て愕然とする結果を生む事になる。ステップ1では、いろいろな問題点がピックアップ出来ていて一安心。しかし、ステップ2「問題の切り取り」からステップ6「実行計画を開発する」まで、知識の乏しさから具体性に欠ける回答が続いていた。

 FPSPでは、日頃目や耳にする情報や知識を、どれだけ活かせるかが回答の具体性に繋がっていく。学校の教科書を丸暗記出来ても、他の情報とのリンクを図り、回答に具体性やふくらみを持たせなくてはいけない。より具体的にするためには、日頃から様々な分野に興味を持ち、探求していく力が求められる。基礎力では無く、応用力(発展学習)である。それは、学校にだけ求められるべきものではない。家庭での社会に対する興味にも深く関わっている。今、どんな問題が社会で起こり、それが自分たちにどんな影響を及ぼしているのか、といった話題を、家庭で話し合う時間を持つことも必要だ。学校そして家庭で、FPSP的働きかけをすることで、こども自ら、社会と自分を結びつける学習の必要性を感じていくのではないだろうか。本来学習とは社会で生きていくために必要な糧であるはずだ。

 日本の教育は今、どれだけ学習の基礎力をつけるかに躍起になっている。その甲斐もあり、確かに読み書き能力、計算能力は他国に比べ優れているようだ。しかし、マークシート式の、どれを選ぶかのみで回答できてしまうテストでは、記憶力の善し悪しが、全てに優先してしまう傾向がある。どれだけ公式を覚えていたか、どれだけ漢字を覚えていたか、どれだけ年号を記憶できたか…。「集中力」は養えるかもしれないが、「創造力&問題解決力(=考える力)」は失われていく。

 「創造力&問題解決力(=考える力)」とは「自分の人生を自分で切り開いていく生きる力」だと私は思う。正解はもちろん無い。多種多様な解があり、試行錯誤する中で、何回も失敗を重ね、経験を積み、自分なりの解を導き出す、プロセスが重要視される力だ。こどもたちが社会に出たときに、必要とされる力だ。

 自殺者の数が3万人を超える日本。「考える力」を養う機会の少なかった人々が、「自殺」という最も短絡的な解を選んでしまう。「自殺」という解を選ぶ前にとる方法が何百通りあるかを考える前に…。

 「創造力&問題解決力(=考える力)」を養うことで、どんな危機的状況に陥っても、将来において不安を最小限にとどめることができる。それは、解がひとつでは無いことを知っているからだ。そして、その解を、自分がいくつでも作り出せるという自信があるからだ。

 「答えは何?」。問題が解けないと、即座に尋ねるこどもによく出会う。「早く」「効率的に」解く公式がわかれば良い。考えるプロセスなど楽しまない。楽しむ時間もない。

 FPSP世界大会を体験し、これからの日本の教育には、本気でこどもたちの「創造力&問題解決力(=考える力)」教育が必須であると痛感した。


投稿者 poohko : 2007年06月14日 20:37